2023/07/21
こんにちは、ラミです。先日実母と2人で話をする機会がありました。今回は、その中で二つお話しさせて頂きます。まず、一つ目は「実母と私たち兄弟の温度差」です。私たち兄弟は、「(実母には)親らしいことをこれまでしてもらったこともないし、やってもらってないのに、こっちはやってやってる」と話していました。しかし、実母は、ちゃんと私たち兄弟を親として子育てした、と言ったのです。私はその時頭の中で「えっ、お母さんはちゃんと子育てしたんだ。だから、今、年取って面倒を見てもらえない!と不平不満を言っているんだ」と。今思えば、実母と3兄弟は「鏡」だなぁ〜と思いました。けど、それじゃ〜実母も”(介護を)やってくれない、面倒見てもらえない”と思ってしまう、と思いました。どこまで面倒見てくれたら、手を差し伸べてくれたら、寄り添ってくれたら、親にはやってもらったから感謝してる!と思うかは人それぞれの目線があるからなんとも言えませんが、私たち兄弟は3人ともそれらを実母にしてもらった記憶がないので実母を良いと発したことはありません。もしかしたら、私たち兄弟が親の愛を求め過ぎているのかもしれませんし、やってもらいたい気持ちが人より多すぎるかもしれませんが、実母と私たち兄弟とは「子育て」については、温度差が大きかったということがわかりました。今、82歳になる実母。少なからず、生まれてミルクを飲ませオムツを変え面倒は見てもらった。でなければ、今こうして生きてはない。そして、実母は実母なりに3人の子供をちゃんと育てた、と。この日から数日あとになりますが、私は実母を受け入れることができました。二つ目は、「実母の入浴」です。かなり久しぶりに入浴の手伝いをしました。腕が辛いと言いので、背中を洗いました。髪の毛を乾かすのも手伝いました。背中は小さく髪の毛は薄くなってました。先程の子育ての話しの後に入浴したからか、再度、年取ったなぁ〜。私も老後こうなるのかなぁ〜。とこの時は、複雑な心境でした。数日後、親に文句を言うのではなく感謝するんだと再確認しました。実母との久々の会話は、私にとって確認をさせてくれたのかと思いました。人それぞれの子育ての基準の差。何もしてもらってない訳じゃない、ミルク飲ませてオムツ替えて面倒見てもらったから、今こうして私は生きてる。私自身の「欲」が大き過ぎたのかもしれない。そして、両親に対して「感謝」の気持ちも持っていなかったことも再確認しました。感謝の心があれば、不平不満も愚痴も嫉妬もない、と。実母に対して「過去思考」を改めてることもできました。そして、今回初めて「受け入れる」と言うことをちゃんと理解し実行することができました。少しずつですが、実母や兄弟をちゃんと見て、理解することができる方向に向けました。今回の実母との2人だけの会話で、実母のことを受け入れ、理解する機会を貰えたのだとも思いました。今を生きて、未来思考で生きる。実行し続けます。ここまで読んで頂きありがとうございました。ご参考になれば幸いです。